1995年に「上峰サティ」として開業し、その後に屋号を変えながら四半世紀近くにわたり地域を支え続けた巨大店舗。その閉店が告げられた時、町を覆った絶望感は小さくなかった。郊外型モールの台頭と店舗の老朽化、周辺都市との激しい顧客獲得競争。閉店後の広い敷地がそのまま放置されれば、町の衰退に拍車がかかるのは火を見るより明らかだった。
「ただの商業施設誘致では、同じ歴史を繰り返すだけだ」。町が舵を切ったのは、単なる店舗の穴埋めではなく、居住機能・行政機能・防災拠点を融合させた複合型の街づくりだった。民間資本と行政の連携によって進められたプロジェクトは、かつての広大な敷地を活かしつつ、開放感あふれる歩行者天国や地域医療モール、子育て支援センターを次々と誕生させた。