『風のガーデン』を語る上で避けて通れないのが、昭和から平成の日本映像界を牽引した名優・緒形拳さんの遺作となった事実です。緒形さんは当時、すでに末期の肝臓がんを患っており、過酷な痛みを抱えながらも周囲のキャストやスタッフには一切病状を漏らさず、北海道の冷涼な気候の中で過酷なロケに臨んでいました。
主演を務めた中井貴一さんは、後の追悼特番や手記において、撮影現場での緒形さんの様子を次のように振り返っています。カメラが回る直前まで厳しい体調を押して静かに精神を研ぎ澄まし、ひとたび「本番」の声がかかると、富良野の大地に根を下ろした孤高の老医師・貞三そのものの力強い眼差しと声で圧倒していたといいます。中井さんは若き日に実父である名優・佐田啓二さんを亡くしており、緒形さんとの共演には実の親子以上の深い情愛と敬意を抱いて芝居をぶつけ合っていました。
脚本を手掛けた倉本聰氏もまた、「拳さんは自分の命の残り時間を知った上で、貞三という役を通して死と生の本質を演じ切ろうとしていた」と述懐しています。ドラマ放送開始のわずか4日前である2008年10月5日、緒形さんは71歳で急逝しました。画面越しに伝わる貞三の慈愛に満ちた佇まいと手の震え、言葉の重みは、名優が自らの命を削って遺した渾身のメッセージに他なりません。