『熱帯魚は雪に焦がれる』最終回の結末と打ち切り説の真相を徹底解説

『熱帯魚は雪に焦がれる』最終回の結末と打ち切り説の真相を徹底解説

『熱帯魚は雪に焦がれる』最終回の結末と打ち切り説の真相を徹底解説の最新情報をご紹介します。役立つ情報が満載です。

本作を語る上で避けて通れないのが、「百合作品としての位置づけ」を巡る議論です。『電撃マオウ』や『百合姫』などの読者層の間でも、本作が純然たる百合であるのか、それとも極上のシスターフッド(女性同士の連帯)や思春期心理劇であるのかについては、熱い意見交換が交わされてきました。

結論から述べれば、小雪と小夏の関係性は「既存の恋愛や友情というラベルを意図的に超越した、魂の共鳴」です。

二人の間には、間違いなく強烈な独占欲や執着が存在していました。「自分だけが彼女の本当の姿を知っている」「彼女の特別な場所でありたい」という感情は、広義の百合・クィアロマンスとしての引力を強烈に放っています。作中で描かれる互いの視線の交錯、触れそうで触れない指先、水槽の青い光に照らされた息遣いなど、映像的なリリシズムは読者の胸を締め付けるほどの引力を持ち合わせていました。

しかし、萩野小波先生の筆致が非凡であったのは、その執着を「愛の完成」として美化しなかった点にあります。他者に過度に依存することは、相手の輪郭を奪い、自分の空虚さを埋めるための道具にしてしまう危うさを孕んでいます。作中において二人が一度激しく衝突し、距離を置かなければならなかったプロセスこそが、本作の真骨頂でした。

恋人という型に嵌まることよりも、もっと深く、互いの人生の根幹に寄り添い続ける存在になること。恋愛という言葉で括ってしまうとこぼれ落ちてしまうような、思春期の剥き出しの感情を丁寧にすくい上げたからこそ、本作は今も読者の心に唯一無二の爪痕を残しているのです。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。