華々しい経歴を持つ彼ですが、ネット上には「最初から親のコネで主演が決まったのではないか」という穿った見方も一部に存在します。しかし実態は真逆でした。高校時代から密かに役者の道を志していた孝太郎は、自ら一般のオーディション雑誌などを買い求め、複数の大手芸能事務所や映画の公募オーディションに一般応募していました。結果は書類審査を含めてほぼ全滅という、極めて厳しい現実を突きつけられていたのです。
なぜこれほどの美青年が落選し続けたのでしょうか。芸能プロ関係者の回顧証言によると、当時の政治情勢や各事務所のリスク管理が大きく関係していました。小泉家は祖父・純也氏、父・純一郎氏と続く政治家一族であり、大手芸能プロダクションにとって「大物代議士の息子」を所属させることは、スキャンダル管理や政治的思惑に巻き込まれるリスクが高すぎると判断され、敬遠される要因になっていたのです。本人の資質とは別のところで、出自が大きな障壁となって立ちはだかっていました。
風向きが劇的に変わったのは、2001年春のことでした。父・小泉純一郎氏が第87代内閣総理大臣に就任し、日本中に空前の「小泉旋風」が巻き起こります。各メディアが新首相の私生活や家族に殺到する中、長男である孝太郎の存在が突如として脚光を浴びることになりました。そして、小泉孝太郎 芸能界入りのきっかけを決定づけたのが、日本テレビ系で放送されていたオーディション企画です。この審査員を務めていたX JAPANのYOSHIKI氏が孝太郎の隠れた原石としての資質と人柄の良さを高く評価し、芸能界への確固たる扉が開かれることとなりました。