大阪商業大学附属高校から大阪商業大学を経て、1992年のドラフト3位で横浜大洋ホエールズに入団した佐伯貴弘。ルーキーイヤーの1993年、球団名が「横浜ベイスターズ」に改称された初年度から1軍に定着し、持ち前の勝負強さを遺憾なく発揮しました。1998年には5番・ファーストとしてマシンガン打線のポイントゲッターを担い、打率.289、9本塁打、69打点の活躍でリーグ優勝および日本一の立役者となりました。
以下の表は、佐伯貴弘の現役時代から指導者期に至るまでの節目における主要データと評価をまとめたものです。
通算1,893試合に出場し、1,562安打、156本塁打、889打点という堂々たる記録を残した佐伯。年俸推移を見ても、2000年代中盤には1億円プレイヤーの常連となり、チームの看板打者として重責を担い続けたことが分かります。