Q1:松永安左エ門が「電力の鬼」と呼ばれた本当のきっかけは何ですか?
A1:戦後の電気事業再編成審議会において、官僚や国策会社が主張する「発送電の国家管理継続案」に対し、ただ一人で「全国9ブロックの民営一貫経営案」を主張し、怒号と脅迫が渦巻く中でGHQや吉田茂内閣を相手に一歩も退かず、超法規的なポツダム勅令(電気事業再編成令)で強行突破した苛烈な姿勢から名付けられました。
Q2:小林一三など他の実業家とはどのような関係でしたか?
A2:阪急電鉄や宝塚歌劇団の創業者である小林一三とは、慶應義塾の同門であり、生涯を通じて互いを認め合う無二の盟友でした。小林が鉄道と都市開発で私鉄ビジネスの礎を築いたのに対し、松永は電力という国家インフラの自立に挑みました。NHKのドラマ『経世済民の男』でも、高橋是清とともに激動の日本を支えた三人の巨頭として並び称されています。
Q3:松永安左エ門の子孫や一族にはどのような人物がいますか?
A3:松永は身内への利益誘導を極端に嫌ったため、子孫を安易に電力会社の経営トップに就けるような世襲を行いませんでした。長男の松永安彦氏や次男の松永英雄氏など、一族からは実業や文化、学術の分野で静かに社会に貢献する人物を輩出していますが、自らの権力や資産を私物化しなかった潔さは今も語り草となっています。