平安時代において、男性以上に過酷な生存競争に置かれていたのが女性たちでした。史料を精査すると、平安時代女性の平均寿命は男性よりもさらに数歳低かったと考えられています。
女性の命を奪う最大の関門は「妊娠と出産」でした。現代では安全に管理される分娩も、当時はまさに命がけの難事でした。平安時代の衛生環境と医療水準のもとでは、産科的な異常(難産や骨盤位)に対処する外科的技術は皆無に等しく、大量出血や産褥熱(細菌感染症)によって、母子ともに命を落とす事態が日常茶飯事だったのです。
さらに上流貴族の女性たちは、「深窓の令嬢」として屋敷の奥深くに閉じ込められ、直射日光をほとんど浴びない生活を送っていました。重厚な十二単をまとい、運動を厳しく制限された生活習慣は、極度のビタミンD不足を招きます。その結果、くる病や骨軟化症を患って骨盤が変形し、出産時の致命的な難産を引き起こす悪循環を生んでいたと指摘されています。