ニュースや国際スポーツ中継を見ていると、「聞き慣れない国名」に戸惑う場面が増えている。国家が長年親しまれた名前を改める背景には、単なる言葉の言い換えにとどまらない、国家の尊厳や主権回復を賭けた深い経緯が隠されている。国名変更の理由と経緯を読み解くことは、現代史そのものを追体験することに等しい。
近年で最も世界的な衝撃を与えたのが、トルコ共和国から「トゥルキエ共和国(Türkiye)」への変更だ。2022年、同国政府は国連に対して対外呼称の変更を正式に通知し、日本外務省もこれに追随した。最大の理由は、英語の小文字「turkey」が「七面鳥」を意味するだけでなく、俗語で「愚か者」「大失敗」といった侮蔑的なニュアンスを含んでいた点にある。数千年の歴史と誇りを持つ国民として、自国公用語の誇りある呼称「トゥルキエ(トルコ人の土地)」を世界基準に定着させるという強い国家意志の表れだった。
アフリカ大陸南部に位置するエスワティニ王国(旧スワジランド)の改称も記憶に新しい。2018年の独立50周年式典において国王ミスワティ3世が宣言したもので、旧宗主国イギリスによって付けられた英語混じりの呼称を捨て、現地スワジ語で「スワジ人の地」を意味する本来の呼び名へと回帰した。さらに「スイス(Switzerland)と名前が似ていて国際会議で間違えられる」という実務上の長年の不満を解消する狙いも重なっていた。
政治的妥協によって解決を見たのが、バルカン半島の北マケドニア共和国(旧マケドニア)だ。古代マケドニア王国のアレクサンドロス大王の歴史的継承権を主張する隣国ギリシャとの間で激しい対立が続き、ギリシャ国内にも「マケドニア州」が存在することから、長年NATOやEUへの加盟を阻まれてきた。2019年、国家名に「北」を冠することで双方が歴史的和解に達し、長年の膠着状態に終止符を打った。
歴史をさらに遡れば、ビルマからミャンマー、セイロンからスリランカへの改称など、外部から押し付けられた植民地時代の呼称(外名=エクソニム)を脱ぎ捨て、自民族の言語(内名=エンドニム)を取り戻す闘争は今も世界各地で続いている。国名変更のニュースは、まさに生きた地政学の縮図なのだ。