なぜ静岡に?旧マッケンジー邸に隠された歴史の真相と見学方法を徹底解説

なぜ静岡に?旧マッケンジー邸に隠された歴史の真相と見学方法を徹底解説

なぜ静岡に?旧マッケンジー邸に隠された歴史の真相と見学方法を徹底解説について押さえておきたい 注意点を厳選して解説いたします。

旧マッケンジー邸の歴史を紐解く上で欠かせないのが、施主であるダンカン・J・マッケンジー夫妻と建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの数奇な巡り合わせです。マッケンジー氏は静岡茶の対米輸出を手掛ける実業家として来日し、静岡の茶業発展に生涯を捧げました。彼らが終の棲家として選んだのが、富士山と駿河湾を一望できる駿河区高松の海辺でした。

建設が進められた昭和15(1940)年は、日米関係が急速に悪化し、外国人の私邸建設には極めて厳しい制限と監視が敷かれていた時代です。資材不足と軍靴の足音が迫るなか、ヴォーリズは卓越した設計思想により、合理性と温もりが同居する名作を完成させました。しかし、竣工からわずか数カ月後に太平洋戦争が勃発。マッケンジー夫妻は一時帰国を余儀なくされ、邸宅は旧日本軍に接収されるという苦難の歴史を歩みます。

終戦後、夫妻は静岡の地へ再び戻り、この邸宅での生活を再開しました。1951年に夫ダンカン氏が他界した後も、妻エミリー夫人は昭和47(1972)年に高齢のため帰国するまでこの館に留まりました。夫人は私財を投じて乳児院の支援や社会福祉事業に尽力し、その多大な功績から静岡市名誉市民第1号の称号を授与されています。「建物を愛し、地域を愛した」夫人の遺志が、建物が取り壊されることなく、平成9(1997)年の国登録有形文化財指定へとつながる原動力となりました。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。