コスモアイル羽咋を訪れた人が最初に抱く疑問は、「なぜこの場所に本物の宇宙船があるのか」という一点に尽きます。その背景には、かつて羽咋市役所の職員であり、後にテレビ番組の企画や地域創生の旗手として名を馳せた高野誠鮮(たかの じょうせん)氏の常識破りな行動力がありました。
1980年代後半、過疎化に悩む羽咋市の町おこしプロジェクトを託された高野氏は、地域に古くから伝わる「UFO伝説」に着目します。「UFOで人を呼ぶなら、本物の宇宙科学を軸にした本物志向の博物館でなければ誰も納得しない」と考えた同氏は、コネクションも予算も限られる中、なんとNASA(アメリカ航空宇宙局)やソビエト連邦(当時)の宇宙機関へ直談判を開始しました。
高野氏は粘り強い手紙の送付や現地交渉を重ね、折しもソ連崩壊という歴史の転換期も重なって、ロシアの宇宙機関から本物の宇宙機を買い付けることに成功。さらにスミソニアン博物館とのパイプを築き、門外不出とされていたNASAの機材貸与・譲渡協定を取り付けました。地方公務員の熱意が、冷戦終結直後の世界情勢と奇跡的にリンクして結実したのが、現在のコスモアイル羽咋なのです。