1986年の現役引退後、年寄・鳴戸を襲名した隆の里は、1989年に独立して鳴戸部屋を創設。ここから指導者としての第二の伝説が幕を開けます。
鳴戸親方の指導方針は「相撲道への妥協なき純粋性」でした。稽古場での激しいぶつかり稽古はもちろんのこと、私生活においても門限や飲酒を厳格に律し、力士としての品格と基礎体力の徹底強化を求めました。その妥協のない育成環境から、多くの優秀な弟子が育ちます。
後に第72代横綱となる稀勢の里(現・二所ノ関親方)をはじめ、豪快な突き押しと盤石の四つで三役を長く務めた若の里(現・西岩親方)、隆乃若、隆の鶴(現・田子ノ浦親方)など、関取を次々と角界へ送り出しました。師匠の徹底した基礎重視と「不屈の精神」は、弟子たちの太い骨格となり、後の相撲界を牽引する原動力となったのです。