「願わくば花の下にて春死なん」の意味と西行法師が遂げた最期の真相

「願わくば花の下にて春死なん」の意味と西行法師が遂げた最期の真相

話題沸騰中の 「願わくば花の下にて春死なん」の意味と西行法師が遂げた最期の真相について、詳しいまとめをご紹介しています。

Q1:下の句「その如月の望月のころ」の「如月」と「望月」はどういう意味ですか?
A1:「如月(きさらぎ)」は旧暦の2月を指し、現在のカレンダーでは3月下旬から4月中旬頃の桜の季節にあたります。「望月(もちづき)」は満月のことです。旧暦2月15日は釈迦が入滅(死去)した日とされており、西行は自らの旅立ちの時を「釈迦と同じ満月のころ」と明確に定めて詠みました。

Q2:西行法師は本当にこの歌の通りに亡くなったのですか?死因は何ですか?
A2:史実として、歌に詠まれた通りのシチュエーションで亡くなっています。西行は文治6年(1190年)旧暦2月16日、河内国の弘川寺で息を引き取りました。釈迦の命日のわずか翌日であり、桜が咲く満月の季節でした。死因は自死ではなく、73歳という高齢に伴う老衰と病気(風邪の悪化等)による自然死と伝えられています。

Q3:この歌は『新古今和歌集』に収録されているのですか?
A3:この歌自体は『新古今和歌集』ではなく、西行の私家集である『山家集』、および後の勅撰集『続古今和歌集』(巻17・雑歌上)に収録されています。ただし、『新古今和歌集』の撰者である藤原定家らは西行のこの最期に強烈な衝撃と敬意を抱いており、同集で西行を最多入集歌人(94首)として遇するなど、新古今の美意識の根底に決定的な影響を与えました。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。