世阿弥が『花鏡』の奥段で説いた真髄は、「初心忘るべからず」という単一のフレーズにとどまりません。実はこの言葉には明確な続きがあり、人生のフェーズに合わせた「3つの初心」として構造化されています。
世阿弥はこの3つを「是非の初心」「時々の初心」「老後の初心」と名付け、人間が生涯を通じて成長し続けるためのステップとして定義しました。
第一の教えである「是非の初心忘るべからず」は、若い頃や修行時代に経験した、良し悪しも判断できなかった未熟な芸、恥ずかしい失敗を忘れるなという戒めです。あの未熟な段階があったからこそ今の向上があることを自覚し、慢心を防ぐ起点となります。
第二の教えである「時々の初心忘るべからず」は、青年期から壮年期、盛りを過ぎる時期まで、年齢や立場の変化に応じてその都度訪れる「新たな未熟さ」を忘れずに修練せよという教えです。20代の成功パターンに固執せず、30代には30代の、40代には40代の新しい芸や役柄があり、その度に初心者の段階を通過しなければならないことを説いています。
そして第三の教えが、世阿弥の思想の真骨頂ともいえる「老後の初心忘るべからず」です。体力が衰え、視力や身体のキレが落ちた老境に入ってもなお、その老いた肉体に見合った新しい表現や芸の境地が存在します。「老いてなお、生まれて初めて迎える老後というステージにおいて自分は初心者である」と捉え、その未熟さと向き合って死ぬまで挑戦を続けることの大切さを訴えているのです。