この荒々しく凶暴な原石をアルバムという形に結実させた立役者が、ソニック・ユースのベーシストであるキム・ゴードンと、グランジのゴッドファーザーことマーク・フリーモン(Gumball)でした。アンダーグラウンドのカリスマであったキムが、無名に近いHoleの制作に関わったプロデュースの経緯には、明確な理由が存在します。
1990年、ロサンゼルスの薄暗いクラブでHoleのライブを目撃したキム・ゴードンは、コートニーのステージングに戦慄を覚えたと回想録で語っています。整然としたテクニックとは無縁でありながら、全身の関節を軋ませるようにギターをかき鳴らし、耳をつんざくフィードバックノイズの中で絶叫するコートニーの姿に、真のノー・ウェイヴ精神とポスト・パンクの未来を見出したのです。
スタジオ作業における制作秘話の真相として、レコーディングはわずか4日間、ロサンゼルスの「ミュージック・アンリミテッド・スタジオ」で極度の緊張感のもと行われました。キム・ゴードンは商業的な洗練を徹底的に排除し、アンプから漏れ出るハウリングやコートニーの息切れ、意図的なピッチのズレさえもそのままテープに刻み込みました。美意識を逆撫でするヘヴィなベースラインと、不協和音が軋むノイズの壁は、キムの手腕によって「耳を塞ぎたくなるほど美しい混沌」へと昇華されたのです。