谷を跨ぐ「みやこだ大橋」の中ほどで立ち止まると、足元を渡る風が想像以上の速度で吹き抜けていく。眼下に広がるのは、常緑樹と落葉樹がモザイク状に入り組んだ深い緑の海だ。吊り橋の上を行き交う人々は、誰もが一度は足を止め、手すりに寄りかかって視線を遠くへ投げ出す。
誰もスマートフォンを凝視していない。ここでは、ただ谷底を流れる空気の冷たさを肌で測り、遠くの梢が揺れるリズムを眺めること自体が目的になる。2020年代半ばから続くタイパ(タイムパフォーマンス)至上主義への反動は、こうした「無為の時間」を贅沢な回復のプロセスへと押し上げた。橋の真下、木漏れ日が揺れる日陰には、小さなレジャーシートを敷いて本を読む人の姿がぽつりぽつりと点在している。