百人一首「田子の浦」の謎を解く!万葉集改変の理由と富士の現在地

百人一首「田子の浦」の謎を解く!万葉集改変の理由と富士の現在地

百人一首「田子の浦」の謎を解く!万葉集改変の理由と富士の現在地を徹底追究! 知っておきたい 重要ポイントを分かりやすく展開します。

まずは、小倉百人一首の第4番として定着している和歌の基本事項を整理します。歌の響きや言葉の配置を知ることで、のちに判明する改変の意図が鮮明に浮かび上がってきます。

百人一首における歌の表記と読みは以下の通りです。

【和歌】
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
(たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ)

【現代語訳】
田子の浦の海岸に出て遥か彼方を見渡してみると、真っ白な布をまとったかのように美しい富士の高い峰に、今もしきりと雪が降り続いていることだ。

競技かるたにおける百人一首 4番 田子の浦 決まり字は「たご」の2字決まりです。「た」で始まる歌は6首(「たか」「たき」「たち」「たご」「たれ」「たむ」)存在しますが、「たご」と読まれた瞬間に札を取ることができるスピード勝負の要所札としても知られています。

作者の山部赤人(やまべのあかひと)は、奈良時代前期(神亀・天平年間)に活躍した宮廷歌人です。出自や生没年の詳細は不明な点が多いものの、神亀元年(724年)の聖武天皇による東国行幸に従行した際の歌が数多く残されています。下級官人として天皇の行幸に随行しながら各地の雄大な自然を詠み上げ、のちに『古今和歌集』仮名序において紀貫之から「人麻呂は赤人が上に立たむこと難く、赤人は人麻呂が下に立たむこと難し」と、柿本人麻呂と並ぶ「歌聖」として最高峰の賛辞を贈られました。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。