存命であるにもかかわらず、なぜ「中村嘉葎雄 生き てる」という検索が後を絶たないのでしょうか。その背景には、血縁関係、訃報の連想、そしてメディア露出の急減という3つの決定的な理由が存在します。
最大の要因は、実兄である昭和の大スター・萬屋錦之介(初代中村錦之助)との混同です。萬屋錦之介は1997年6月、重症筋無力症や咽頭がんなど過酷な闘病の末に64歳で逝去しました。当時、日本中がその死を悼み、テレビ各局が追悼特番を連日放送したため、「萬屋一門の看板俳優が亡くなった」という記憶が昭和・平成世代の視聴者の脳裏に強烈に焼き付きました。長い年月の経過とともに、「錦之介と嘉葎雄のどちらが他界したのか」が曖昧になり、弟である嘉葎雄の死亡説へとすり替わってしまったケースが多発しています。
2つ目の要因は、親族や同世代スターの相次ぐ旅立ちです。中村嘉葎雄の兄である二代目中村歌昇、中村時之助、初代中村獅童(現在の二代目中村獅童の実父)はいずれもすでに他界しています。さらに、高倉健、菅原文太、津川雅彦といった映画・任侠ドラマで共演を重ねた同世代の名優たちが次々と世を去ったことで、「あの時代の名バイプレイヤーたちも全員旅立ったのではないか」という無意識の思い込みがネット検索を加速させました。
3つ目の要因は、2010年代半ば以降におけるメディア露出の自然消滅です。2011年の映画『冷たい熱帯魚』や2013年の『武士の献立』など、80歳前後までは重厚な演技を披露していましたが、それ以降はテレビドラマや舞台の第一線から静かに身を引いています。正式な引退発表がなかったため、「画面で見なくなった=亡くなったのではないか」と勘違いするネットユーザーが続出したのが実情です。