2000年にNHKの伝説的ドラマ『六番目の小夜子』でデビューした松本まりかは、同世代の女優たちが次々と主役級へと駆け上がる中、極めて長く険しい道を歩んできました。声優としてゲーム『ファイナルファンタジーX』のリュック役などを務め、舞台でも高い評価を得ていたものの、映像の世界ではオーディションに落ち続ける日々が約18年間も続いたのです。
本人が過去の特集インタビューや手記で振り返っているように、20代後半から30代を迎える時期は、「自分には役者としての需要がないのではないか」という激しい葛藤と焦燥感に苛まれていたといいます。そんな苦悩の渦中にあった32歳の彼女に舞い込んだのが、この『深夜食堂 -Tokyo Stories-』の富士子役でした。
松竹やTBSが築き上げてきた『深夜食堂』の現場は、虚飾を剥ぎ取った生身の人間のリアリズムが要求される場所です。松本まりかは、自身が長年抱えてきた「報われない悔しさ」「世間から取り残される孤独」という感情の澱(おり)を、富士子という役柄にすべて注ぎ込みました。作中で富士子が見せる諦念と微かな意地は、女優・松本まりか自身が歩んできた下積み時代のリアルな陰影と見事に共鳴していたと言えます。
この第4話で見せた圧倒的な存在感は映像関係者の間でも強い爪痕を残し、2年後の2018年、彼女の運命を激変させる『ホリデイラブ』のキャスティングへと繋がっていきます。世間的には「突如現れた怪演女優」として消費されがちですが、その根底には『深夜食堂』で証明された、確かな写実的演技の土台が存在していたのです。