なぜ中国は不参加?サンフランシスコ平和条約の真相と日中関係の原点

なぜ中国は不参加?サンフランシスコ平和条約の真相と日中関係の原点

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中国両政府を招かない形で署名されたサンフランシスコ平和条約ですが、日本の選択権は実質的にアメリカの強固な意向によって縛られていました。講和会議直後、アメリカ議会の上院では「日本が共産中国と国交を結ぶなら、対日平和条約の批准を拒否する」という強硬論が吹き荒れます。

早期の主権回復を最優先課題としていた当時の吉田茂首相は、ダレスからの強い要請を受け、1951年12月にいわゆる「吉田・ダレス書簡」を送付しました。この書簡で吉田首相は、日本が台北の国民政府(中華民国)と平和条約を締結する方針を明確に誓約したのです。

こうして進められた日華平和条約の締結経緯は、サンフランシスコ平和条約が発効したまさにその日、1952年4月28日に調印されるという劇的な展開を迎えました。日本は主権を回復すると同時に台湾の国民政府を中国の正統政府として承認し、大陸の巨大な市場と分断される道を選ぶことになりました。

森 瞳
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森 瞳

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