視覚的な衝撃は建築物だけにとどまりません。天理駅を降りて天理本通り商店街から神殿へと向かうと、背中に白抜きで「天理教」と染め抜かれた黒法被(はっぴ)を着用した人々が、当たり前のように自転車で行き交い、談笑しながら歩く光景に遭遇します。
日常の街中では滅多に見ることのない揃いの宗教衣装を日常着として身にまとう人々の集団は、見慣れない観光客にとっては心理的な緊張感を呼び起こす要素となります。しかし、実際にその場を歩いて取材を進めると、ネット上で囁かれる「カルト的な恐怖」とは正反対の現実が浮かび上がってきます。
朝夕の時間帯には、老若男女の信者たちが歩道や側溝のゴミを拾い、神殿前の巨大な敷地を丁寧に掃き清める姿が見られます。これは教義に基づく奉仕活動「ひのきしん(日の寄進)」と呼ばれる実践であり、彼らは見知らぬ通行人に対しても「おはようございます」「こんにちは」と穏やかに会釈を交わします。道に迷っている部外者を見かければ親切に案内し、執拗な勧誘や金品の要求を仕掛けてくるような場面には一切遭遇しません。外見がもたらす排他的なイメージと、当事者たちが醸し出す極めて礼儀正しく牧歌的な態度との落差こそが、この街が持つ独特のミステリアスな空気感の源泉と言えます。