1970年代初頭、日本を飛び出した若い活動家たちが中東の地に打ち立てたのが日本赤軍であった。彼らが連帯を深めたのが、アラブ社会で強固な軍事組織を誇っていたパレスチナ解放人民戦線(PFLP)だ。現地での軍事訓練や共同作戦の実施を通じ、二つの組織は深い蜜月関係を築き上げた。
過激な武装闘争はハーグ事件やクアラルンプール事件といった国際テロ事件を引き起こし、世界中の安全保障当局を震撼させた。パレスチナ解放運動の正当性を掲げつつも、無差別テロや人質劇という手段を選んだ歴史は、今なお国際社会において重い課題であり続けている。