移籍先の広島東洋カープで迎えた1979年日本シリーズ第7戦。大阪球場のマウンドで繰り広げられた9回裏の攻防は、後世まで語り継がれる屈指の名勝負となった。1点リードの場面で無死満塁の大ピンチ。ベンチでは密かに控え投手が準備を始めていた。その光景を目にした男の胸に、激しい怒りと不信感が湧き上がる。
いわゆる「江夏の21球」と呼ばれるこの極限状態において、マウンド上のサウスポーは自らの感覚だけを信じて投げ続けた。スクイズの察知、外角低めへの渾身のウイニングショット、そして試合後の複雑な表情。そこには単なるファインプレーの域を超えた、極限の心理戦とチームへの愛憎が渦巻いていた。自尊心と戦術眼が交錯したあの21球の裏側には、美化されたドラマだけでは語りきれない生々しい執念が存在していたのだ。