人生に行き詰まったとき、多くの人は「私の人生にはどんな意味があるのか」と自問します。しかし、フランクルはここに決定的なコペルニクス的転回を求めました。「人間が人生の意味を問うのではない。人間こそが、人生から常に問いかけられているのだ」という視点の逆転です。
私たちは人生という舞台において、意味を要求する側ではなく、目の前で起こる出来事に対して「自らの行動と責任をもって回答する側」に立っています。どれほど苦しい状況であっても、人生は常に私たちに何かを問いかけており、それに応える手段として、フランクルは人間が実現できる「3つの価値」を提示しました。
仕事で活躍し、家庭を築くことで人は「創造価値」を実現します。また、美しい絵画を鑑賞したり誰かを深く愛したりするとき、人は「体験価値」を享受しています。しかし、人生には重い病に倒れて働く力を失い、創造価値が断ち切られる瞬間があります。孤独に苛まれ、美しいものを受け取る余裕を失い、体験価値が閉ざされる局面も訪れます。
そうした絶体絶命の淵にあっても、残された最後の価値が「態度価値」です。フランクルは『夜と霧』の中で、「人間に残された最後の自由とは、いかなる状況にあっても自分の態度を決める自由である」と書き遺しました。環境そのものは選べなくても、その運命に対して卑屈になるか、威厳をもって耐え忍ぶかという「心の態度」だけは、何者にも奪われません。この態度価値の存在こそが、あらゆる絶望を乗り越える決定的な支えとなります。