三徳山の参拝登山道は、一般的な観光寺院の参道とは根本的に異なります。ここは観光地ではなく、千数百年の歴史を持つ修験道の過酷な行場(ぎょうば)そのものだからです。
参拝の起点は、麓に構える三徳山三佛寺 本堂です。天台宗の古刹として、輪光院、正善院、皆成院という三つの塔頭を通り抜け、まずは本堂で参拝を済ませます。しかし、本堂裏手にある朱塗りの「宿入橋(しくいりばし)」を渡った瞬間、俗世から神仏の領域である結界へと空気が一変します。
登山道に入ると、舗装された階段など存在しません。立ちはだかる最初の難所が「カズラ坂」です。露出した巨大な木の根が幾重にも張り巡らされた急斜面で、参拝者は木の根を手がかりに四つん這いになりながら高度を稼ぎます。続いて現れる「クサリ坂」では、安山岩の巨岩に垂らされた太い鉄の鎖を握り締め、ほぼ垂直の岩肌を腕力と足の摩擦だけで這い登らなければなりません。
尾根に出た参拝者を待つのが、重要文化財に指定されている「文殊堂(もんじゅどう)」です。巨大な岩の上に懸造りで建てられたこのお堂には、転落防止の手すりや柵が一切存在しません。吹き抜ける強風の中、地上十数メートルの高さにある剥き出しの濡れ縁(回廊)を靴を脱いで一周する修行は、高所恐怖症でなくとも足がすくむ異様な緊張感に包まれます。
続く「地蔵堂」、岩盤の細い稜線を渡る「馬の背・牛の背」を越え、鐘を一つ突いて自らの魂を清める「鐘楼堂」を経て、ようやく最終地点である投入堂が姿を現します。
この過酷な道のりゆえに、過去には痛ましい滑落死亡事故や重傷遭難事故が幾度となく発生してきました。鳥取県警や地元消防の記録によると、事故の主たる原因は以下の4点に集約されます。
- 下山時の疲労による足の踏み外し:難所を登り切った安心感と筋肉疲労から、下り坂でスリップし谷底へ転落するケース。
- 岩場での不適切な靴の選択:グリップ力の効かない平らなスニーカーや底の硬い靴で安山岩を踏み、滑走する事例。
- 写真・動画撮影に気を取られた過失:文殊堂の縁側や崖際でスマートフォンを構え、後ずさりしてバランスを崩す事故。
- 雨天・降雨後の無理な歩行:濡れた黒土と木の根は氷のように滑りやすく、制動が効かなくなる危険。
現場を訪れた登山者からは、「テレビで見るより傾斜が遥かに急で、一歩間違えれば谷底へ真っ逆さまだと本能が叫んだ」「文殊堂の回廊に立ったとき、風が吹いた瞬間は恐怖で動けなくなった」といったリアルな声がSNSや登山コミュニティで後を絶ちません。まさに「日本一危険な国宝」と呼ばれる理由は、単なる誇張ではなく、物理的なリスクの上に成り立っているのです。