小説『海がきこえる』は、少女小説の旗手として一時代を築いた作家・氷室冴子が月刊『アニメージュ』で1990年から1993年にかけて連載した作品です。高知の進学校に通う男子高校生・杜崎拓(もりさき たく)の視点から、東京から転校してきた美少女・武藤里伽子(むとう りかこ)、そして拓の親友である松野豊(まつの ゆたか)の3人が織りなす、ほろ苦くも鮮烈な高校生活が綴られます。
本作を語る上で欠かせないのが、高知県高知市を舞台にした緻密な情景描写です。鏡川のせせらぎ、帯屋町のアーケード、高知城の夜景、そして吹き抜ける南風。地方都市特有の閉塞感と心地よい連帯感が、土佐弁の柔らかな響きとともに生き生きと描かれます。東京という大都市に憧れを抱きつつも、地元での平穏な日常に安住していた拓たちの日常は、家庭の事情で突然転校してきた里伽子の登場によって静かに波立ち始めます。
さらに、雑誌連載時から読者を惹きつけたのが、スタジオジブリのアニメーター・作画監督として知られる近藤勝也による美麗な挿絵です。近藤が描いた透明感あふれるイラストは、氷室冴子の紡ぐ瑞々しいテキストと見事に共鳴し、活字とビジュアルが一体となった独特の世界観を確立させました。