一時は週に何本ものレギュラー番組を抱え、文字通り寝る暇もないほどの多忙を極めたせんだ。しかし、80年代に入ると「オレたちひょうきん族」などに代表されるニューウェーブの台頭とともに、露出は徐々に落ち着きを見せる。さらに過密スケジュールによる体調の悪化や病気療養も重なり、第一線から一歩引く形となった。
当時のメディアでは「干されたのではないか」「スタッフとの確執か」といった憶測が飛び交った。だが実態は、急速に移り変わる番組制作の構造変化と、自身の健康問題に向き合うための必然的な選択だった。テレビ局主導の過酷な労働環境から距離を置き、自身のペースで仕事と向き合う道を選んだせんだ。華やかなスポットライトの裏で、タレント生命を守るための苦渋の決断があったのだ。