この歌を日本文学史上屈指の秀歌たらしめているのが、上句に仕掛けられた高度なレトリックです。教科書でも頻出する多摩川にさらす手作り 序詞と、手作り さらさらに 掛詞の相互作用を解明します。
歌の前半「多摩川にさらす手作り」の八音(または「さらす」までの七音)は、直後の「さらさらに」という副詞を導き出すための「序詞(じょことば)」として機能しています。多摩川で布を「さらす」という具体的な動詞の音が、心の状態を表す「さらさらに(さらにさらに・ますます)」という副詞の音を自然に呼び起こす仕掛けです。
ここで見落としてはならないのが、「手作り」と「さらさらに」に秘められた二重三重のニュアンスです。
「手作り(てづくり)」とは、女性が丹精込めて手織りした布(手作りの麻布)を指します。女性が自らの手を真っ赤に染めながら川で晒している布そのものを指すと同時に、その布を晒す水音や作業の反復が、男性の胸のなかで「さらさらに(いっそう激しく、ますます)」と重なっていく心理的連動を表現しています。
さらに下句では、「何そこの児のここだ愛しき」という爆発的な感情表現へと雪崩れ込みます。
何そこの児のここだ愛しき 意味は、「どうしてこの娘が、これほどまでに愛おしいのだろうか」という自問自答の形をとった激しい詠嘆です。「何そ(なにぞ)」と疑問・反語の助詞を投げかけつつ、恋心の理由など説明できないほど心が乱されている様子が生々しく伝わってきます。