蹴鞠の歴史と起源を紐解くと、古代中国の戦国時代(前漢期)に軍事訓練の一環として考案された「蹴踘(しゅうきく)」に行き着きます。これが仏教伝来と同時期の飛鳥時代(6世紀から7世紀頃)に日本へ伝わったと記録されています。中国では主に武芸や勝敗を競う競技としての性格が強かったのに対し、日本に伝来した蹴鞠は「優雅に長く続けること」を尊ぶ独自の貴族遊戯へと進化を遂げました。
平安時代に入ると、蹴鞠は平安時代の貴族の遊びとして宮廷社会に完全に定着します。貴族たちにとって蹴鞠の上手さは教養やステータスの一環とみなされ、邸宅の庭には専用の競技場である「鞠庭(まりにわ)」が設けられました。鞠庭の四隅には「式樹(しきのき)」と呼ばれるマツ、サクラ、ヤナギ、カエデの4本の木が植えられ、四季の風情を感じながら技を競い合ったのです。
鎌倉時代以降は武士階級の間でも心身の鍛錬として広まり、室町時代には蹴鞠の家元として「難波家」や「飛鳥井家」などの名門が確立されました。江戸時代には庶民層にも愛好者が広がり、日本の身体文化の基盤として確固たる地位を築いていきました。