ネット上の検索において「打ち切り」「未完」といった不穏な検索サジェストが見られることがありますが、これは明確な誤りです。原作小説『宝石商リチャード氏の謎鑑定』は、2022年10月に刊行された第12巻『幾何学美の探究者』をもって本編メインストーリーが堂々の完結を迎えています。その後も辻村七子氏によるファンブックや特別短編が発表されており、作品世界は極めて健全な形で結実しました。
読者の心を最も揺さぶったのは、長らくベールに包まれていたリチャードの過去とその血筋でした。英国の名門貴族クレアモント家の血を引くリチャードは、幼少期から莫大な遺産相続争いや親族間のドロドロとした権謀術数に晒され続けてきました。完璧な美貌と知性、優雅な立ち振る舞いという仮面の裏には、「他者から利用され、裏切られることへの底知れない恐怖」と、実の家族からすら純粋な愛情を受け取れなかった魂の孤立が存在していたのです。
かつて彼が負った深い精神的傷、そして過去の苦い別れは、彼自身に「自分は誰も愛してはならない、誰からも愛される資格がない」という過酷な自己処罰を課していました。しかし、猪突猛進で不器用な中田正義という青年の愚直なまでの誠実さが、何重にも張り巡らされたリチャードの心の防壁を一枚ずつ融解させていきます。最終巻へと至るプロセスで、リチャードは過去の因縁と決着をつけ、自分自身の意志で宝石商「エトランジェ」の主として生きる決断を下しました。