樹木希林さんの晩年を語る上で欠かせないのが、映画監督・是枝裕和との深い信頼関係だ。『歩いても 歩いても』『そして父になる』『海よりもまだ深く』など、数々の珠玉のヒューマンドラマで希林さんは「母親」「祖母」という枠組みを軽々と超える生々しい人間像を演じきった。
その集大成となったのが、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『万引き家族』である。彼女が演じた初枝は、孤独を抱えながら疑似家族を束ねる老女。この撮影に臨むにあたり、希林さんは自身の入れ歯を外し、髪を伸ばしっぱなしにして、全身から生命力が抜けていく老婆のリアルをフィルムに焼き付けた。海辺で家族を見つめながら口を動かした「ありがとう」という声にならない台詞は、脚本にはないアドリブだったと伝えられている。
病に侵された身体を逆手に取り、老いと衰えそのものを芸術へと昇華させる。その凄まじい女優魂は、日本映画界のみならず世界中の映画人を唸らせた。