2018年4月8日夕刻、松山刑務所の民間連携施設である大井造船作業場から、当時服役中だった平尾龍磨受刑者が突如姿を消しました。作業場からわずか数百メートルの民家から軽乗用車や現金を盗み出した逃走犯は、瀬戸内しまなみ海道を北上し、広島県尾道市に属する離島・向島(むかいしま)へと潜入を果たします。
ここから、尾道市 向島 捜査 経緯として記憶される過酷な包囲戦が幕を開けました。島内には空き家や別荘が約1,000棟点在しており、電気や水道の通っていない別荘の屋根裏や床下を転々としながら、住民の目を盗んで食料や着替えを調達する逃亡生活が続けられたのです。
広島・愛媛両県警は連日数百人から最大数千人規模の警察官を動員し、捜索犬、上空からのヘリコプター、暗視スコープを投入しました。しかし、島の複雑な地形と空き家の多さが壁となり、潜伏先を特定できないまま時間が経過していきました。この長期にわたる包囲網のなか、指名手配犯の追跡現場では過去の重大逃亡事件(平田孝征 逮捕などの重要凶悪犯追跡事例)で蓄積された捜索ノウハウが再検証されるなど、警察庁を挙げた威信をかけた捜査体制が敷かれました。
逃走から22日目となる4月30日、事態は劇的な結末を迎えます。受刑者は厳戒態勢の敷かれた向島から夜陰に乗じて海へ飛び込み、幅約200〜300メートルの尾道水道を泳いで本州側へ脱出。その後、広島市南区のJR広島駅近くの路上を歩いていたところを通報され、駆けつけた警察官によって身柄を確保されました。向島 潜伏 逃走経路の緻密さと執念は、当時の日本社会に強い戦慄を与えました。