一人氏の人生を語る上で避けて通れないのが、1987年1月に成立した両親の離婚です。1980年代前半、映画での共演をきっかけに沢田研二と女優・田中裕子との関係が公となり、列島を揺るがす騒動へと発展しました。泥沼の協議の末に成立した離婚における条件は、当時の芸能史において前代未聞の規模でした。
世田谷区の豪邸や複数の不動産、預貯金などを含めた財産分与・慰謝料の総額は約18億1800万円(実質20億円規模)に達したと報じられています。そして、当時7歳だった一人氏の親権は母親である伊藤エミさんが取得しました。
離婚後、伊藤エミさんは一切の芸能活動から身を引き、双子の妹である伊藤ユミ(本名:伊藤月子)さんとともに、一人氏を育てることに全霊を捧げました。マスコミの過熱する取材攻勢から我が子を守るため、インターナショナルスクールや私立の一貫校など、プライバシーが強固に保護される教育環境を選択。エミさんは生前、親しい知人に「この子から父親を奪ってしまった分、誰よりも誇り高く、真っ直ぐな青年に育て上げたい」と語っていたと報じられています。
2012年6月、母である伊藤エミさんは癌のため71歳でこの世を去りました。看取りの場には一人氏が寄り添い、葬儀も近親者のみで極秘裏に執り行われました。最愛の母を見送った一人氏の胸中には、母が貫いた「沈黙の気高さ」が深く刻み込まれていたはずです。