光の見えない日々を過ごしていた17歳の彼女に、決定的な転機が訪れます。六本木の大型ディスコ「ヴェルファーレ」のVIPルームで実現した浜崎あゆみ松浦勝人との出会いでした。当時エイベックスの専務として音楽シーンを席巻していた松浦氏は、彼女の眼差しに宿る鋭い意志と、声の特異な響きを一目で見抜きます。
松浦氏のバックアップにより、本格的なボーカルおよびダンスのレッスンを受けるためニューヨークへ単身留学。しかし、異国の地で待っていたのは言語の壁とさらなる孤独でした。レッスンをサボり帰国を繰り返す彼女に対し、松浦氏は「自分の気持ちを手紙に書いて送ってこい」と指示。その手紙に綴られていた赤裸々な苦悩や痛みの言葉こそが、すべての始まりとなります。
「人の書いた歌詞ではなく、お前の言葉で歌え」というプロデューサーの助言を受け、1998年4月8日に迎えた浜崎あゆみデビュー当時の経緯は、それまでの芸能界の常識を覆すものでした。大手レコード会社が巨費を投じてパッケージ化した新人でありながら、歌われる内容は「居場所がない」「誰にも届かない叫び」という、徹底して生々しい10代の内面吐露だったのです。