西郷隆盛の犬に対する接し方は、当時の武士階級の常識をはるかに超えた「溺愛」レベルに達していました。残された書簡や同時代人の証言からは、現代の愛犬家顔負けのエピソードが数多く確認できます。
東京在住時、西郷は犬のためにわざわざ高級店から「鰻の蒲焼き」を取り寄せて与えていたという記録が存在します。犬が腹を壊せば自ら介抱し、冬場には愛犬たちを自分の布団の中に引き入れて川の字になって眠りました。明治の元勲たちが馬車を乗り回し、西洋風の豪邸でワインを傾けていた時代に、西郷は質素な綿絣(かすり)をまとい、数十頭の犬のノミ取りを自ら楽しそうに行っていたのです。
完成した上野の銅像の除幕式(1898年)において、西郷の妻である糸子(イト)が漏らしたとされる「宿父(うちのひと)はこげんなお人じゃなかつた(夫はこのような人ではありませんでした)」という言葉はあまりにも有名です。この発言は、西郷の顔の肖像に対する違和感だけでなく、「人前に普段着の浴衣姿で犬を連れて出るような、無作法な振る舞いをする人ではなかった」という妻としての無念が込められていたと伝えられます。しかし逆を言えば、世間が西郷に抱いていたパブリックイメージこそが「犬と一体化した野性の英雄」だったという証明でもあります。
現代のSNSや歴史コミュニティを観察しても、「政治家としての功罪は分かれるが、犬を家族として愛しすぎたエピソードには無条件で共感できる」「犬のためにうなぎを買う西郷どんのギャップが愛おしい」といった声が根強く存在します。犬の前でだけ見せた無防備な笑顔は、150年以上の時を経てもなお人々の心を掴んで離しません。