聖地の土を最初に持ち帰ったのは誰か。高校野球ファンの間で今なお議論が続くこのテーマには、いくつかの有力な説が存在する。最も有名なエピソードの一つが、後に「打撃の神様」と称されることになる川上哲治にまつわる記憶だ。
1937年夏、熊本工業のエース兼主砲として決勝に臨んだ川上は、中京商業との死闘に敗れた。試合後、無意識にグラウンドの土をすくい、ユニフォームのポケットにそっと忍ばせて持ち帰ったとされる。当時、土を持ち帰るという発想自体が前代未聞だった。スパイクの泥を落とさずに宿舎へ戻った球児たちの心情が、形となった最初期の例だ。
一方で、明確に「記念として袋に詰めて持ち帰った」記録としては、1949年の小倉高校のエース、福嶋一雄の逸話が球史に刻まれている。前年覇者として大会連覇を果たした小倉だったが、敗れ去った際にグラウンドの砂を拾い、持ち帰った行為がメディアで大きく報じられた。無念の涙とともに掬い上げられた黒い粒子。それがいつしか、すべての高校球児が憧れ、そして恐れる「儀式」として定着していったのだ。