ホームズの物語が初めて世に出た1887年当時、ベイカーストリートの番地は100番台前半までしか割り振られていませんでした。原作者コナン・ドイルは、実在する住民に迷惑がかかる事態を避けるため、意図的に「絶対に存在しない大きな数字」として221Bを設定したとされています。この配慮が、のちに英国郵政や金融機関を巻き込む前代未聞の騒動の火種となりました。
事態が動いたのは1930年代のことです。ロンドン市街の急速な発展に伴いベイカーストリートが北側へ拡張された結果、大手住宅金融組合「アビー・ナショナル(現サンタンデール銀行)」の本部ビルが219〜229番地の区画に建設されました。これにより、図らずも「221B」の番地が同社の敷地内に包含されることになったのです。
「世界中からホームズ宛てに届く膨大な相談の手紙」に直面したアビー・ナショナルは、専任の秘書を雇い、「ホームズ氏は現在引退し、サセックスで養蜂を営んでおります」という公式返信状を何十年にもわたり送り続けました。一企業の枠を超えたこの粋な計らいは、世界中のファンの間で語り草となっています。
大きな転機は1990年、熱狂的なファン団体によって239番地に「シャーロック・ホームズ博物館」が開館したことでした。博物館側はウェストミンスター市と英国郵政に対し、「221Bの番地表示および郵便物受け取り権」を主張。アビー・ナショナル側と10年以上にわたる法廷闘争および協議が繰り広げられました。最終的に2002年、アビー・ナショナルの本社移転を契機として、ウェストミンスター特別区議会は博物館の建物に対し特例として「221B」の公式住所プレートを掲げる特別許可を与え、名実ともに架空の住所が現実の街に定着したのです。