欧米のモード界において、日本人モデルが単なる「流行の一コマ」に終わらず、時代を画するアイコンとして君臨できた最大の理由は、西洋の服飾コードを理解した上で自らのアイデンティティを再解釈し、唯一無二の身体言語へと昇華させた点にあります。
1970年代までの欧米ファッション界では、アジア人モデルの役割は「異国情緒(オリエンタリズム)を添えるスパイス」に過ぎないという差別的な見方が根強く存在しました。しかし、日本人パイオニアたちはその偏見を真っ向から覆しました。能や歌舞伎の所作に通じる静と動のコントラスト、服のドレープ(布の揺らめき)を最大限に美しく見せる独自の歩行技術、そしてカメラの前で一瞬にして服の物語を体現する憑依的な表現力は、イヴ・サンローランやジャンポール・ゴルチエといった巨匠たちを驚嘆させました。
さらに、単に「デザイナーの指示に従うマネキン」ではなく、クリエイターのインスピレーションを刺激する「能動的なミューズ」として対等に対峙したことが、彼女たちを単なるモデルから歴史的なスーパーモデルへと押し上げた決定的な要因でした。