物語の主人公である「博士」は、かつて将来を嘱望された優秀な数学者でした。しかし、1975年に遭った不慮の交通事故により脳に損傷を負い、新しい記憶が80分しか持たないという重い記憶障害を抱えることになります。彼の記憶は事故の起きた33歳当時のまま止まっており、背広の至る所に重要な事柄をメモした紙片を留めながら、静かな離れで暮らしていました。
そこに派遣されたのが、女手一つで10歳の息子を育てる家政婦の「私」です。気難しく人と打ち解けられないとされていた博士ですが、初めて出会った彼女の靴のサイズや電話番号を瞬時に数式へと結びつけ、温かい眼差しを向けます。さらに、彼女に留守番をさせている幼い息子がいると知るや、「子どもを一人にしてはいけない」と激昂。翌日から息子を屋敷に連れてくるよう命じました。
毎朝「僕の記憶は80分しかもたない」と初対面のように自己紹介を繰り返しながらも、博士と母子は野球や数学の話題を通じて、血縁を超えたかけがえのない家族のような絆を育んでいきます。