インターネットの検索コミュニティやSNS上で最も多く見受けられる誤解が、「騒動を起こした興正寺は京都の本山なのか」という混同です。結論から述べると、名古屋市昭和区の八事山興正寺と、京都市下京区の本山興正寺は、名称こそ同じ漢字を用いているものの、宗派も本尊も歴史的出自も全く異なる独立した存在です。
名古屋・八事の興正寺は、1686年(貞享3年)に天瑞圓照和尚によって開山された高野山真言宗の寺院であり、尾張徳川二代藩主・徳川光友の帰依を受けた祈願道場です。密教の教えに基づき、大日如来を本尊とし、加持祈祷や厄除け、大師信仰を中心に発展してきました。
一方、京都・西本願寺の南隣に位置する本山興正寺は、親鸞聖人の高弟であった真仏上人や了源上人に連なる真宗興正派の本山です。こちらは阿弥陀如来を一仏とする他力本願の教えを根幹とし、1876年(明治9年)に本願寺派から独立した一派の頂点に立つ寺格を持ちます。両寺の歴史と基本スペックを整理した客観的比較データは以下の通りです。