日本のプロ野球でも、幸いにして死に至らなかったものの、球史を揺るがす深刻な頭部死球事故が幾度となく起きています。
代表的な事例が、1979年のチャーリー・マニエル選手(当時近鉄)の事故です。ロッテ八木沢投手のシュートが顎に直撃し、顎骨を複雑骨折。選手生命の危機に瀕しながらも、アメフト用ヘルメットを改造した特製フェイスガードを装着して驚異的な復帰を果たし、本塁打王に輝いたエピソードは有名です。また、1970年の田淵幸一選手(当時阪神)は左側頭部に死球を受け、耳から流血して昏倒。長期離脱を余儀なくされました。
さらに深刻なのが、身体の物理的損傷が回復した後に残る「死球の後遺症」の真相です。頭部や顔面にボールを受けた打者の多くは、復帰後に無意識のうちに腰が引けてしまう「イップス」や「トラウマ」に苦しみます。内角球に対する恐怖心から本来の打撃フォームを崩し、第一線からの引退を余儀なくされた選手はプロ・アマ問わず数え切れません。死球は肉体だけでなく、アスリートの精神をも破壊する威力を持っています。