Q1:池田勇人が掲げた「所得倍増計画」はなぜ大成功したのですか?
A1:明確な数値目標を掲げることで民間企業の設備投資意欲を刺激した「アナウンスメント効果」に加え、減税措置やインフラ整備などの適切な政府支援、そして当時の勤勉で豊富な若年労働力と技術革新が見事に噛み合ったためです。政府主導の統制ではなく、民間活力を最大限に引き出す設計が奏功しました。
Q2:「貧乏人は麦を食え」という発言は本当に作り話だったのですか?
A2:はい、池田自身がその言葉を口にした事実はありません。1950年の国会答弁で「所得の少ない方は麦を多く食い、所得の多い方は米を食うというような経済原則に副った形にしたい」と述べた内容を、翌日の新聞記者が要約・センセーショナルに書き換えて見出しにしたものが世間に広まりました。
Q3:ライバルだった佐藤栄作との本当の仲はどうだったのですか?
A3:政権を争うライバル関係であり、1964年の総裁選では激しく激突しましたが、根底には吉田学校の同門としての強い信頼関係がありました。池田は病に倒れた際、自らの後継として佐藤を指名し、佐藤もまた池田の敷いた経済成長路線を堅持して7年8カ月に及ぶ長期政権を築き上げました。
Q4:池田勇人が創設した「宏池会」とはどのような派閥ですか?
A4:1957年に池田勇人が結成した自民党の名門派閥です。「軽武装・経済重視・対話重視のリベラル保守(ハト派)」を基本理念とし、政策通の官僚出身者を多く集めました。大平正芳、宮澤喜一、岸田文雄など歴代の首相を多数輩出し、自民党政治の保守本流として大きな役割を果たしてきました。