1990年代に入ると、羽賀研二のパブリックイメージは「美青年タレント」から「希代のプレイボーイ」へと変貌を遂げていきます。その決定打となったのが、モデルの梅宮アンナとの大々的な熱愛報道でした。
連日のようにワイドショーを騒がせる中、アンナの父である名優・梅宮辰夫氏が「稀代のワル」「あいつはペテン師だ」と公然と交際に猛反対したことは日本中に衝撃を与えました。派手な私生活の裏で数億円規模にのぼる巨額の借金トラブルが次々と表面化し、高級外車を乗り回す華美な姿と金銭トラブルのギャップが、メディアでセンセーショナルに報じ続けられることになります。