日本に渡ったジュリアーノ選手は、全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権でシリーズ2位と躍進。さらに国内最高峰のスーパーフォーミュラへ急遽スポット参戦したオートポリス戦では、悪天候の荒れたレースを見事に制し、初参戦シーズンにして初優勝を飾る快挙を成し遂げました。
その後、国内屈指のトップチーム「トムス(TOM'S)」からスーパーフォーミュラおよびSUPER GT(GT500クラス)のレギュラーシートを獲得。父譲りのアグレッシブなドライビングスタイルでファンを沸かせました。
しかし、トップカテゴリーでの戦いは甘くなく、2026年シーズンには成績不振からスーパーフォーミュラのシートを失うという厳しい挫折も経験。それでも彼は日本を離れることなく、SUPER GT(GT300クラス)や耐久レースへと戦いの場を移し、泥臭くステアリングを握り続けました。