気候的要因だけでは説明がつかないのが、華やかな目鼻立ちと活発な美しさで知られる福岡県の「博多美人」や、南国特有の立体的な骨格を持つ沖縄県の女性たち、そして洗練された佇まいを誇る「京美人」の存在です。ここには、千年以上をかけて積み重ねられた歴史的背景と渡来人の往来が色濃く関わっています。
古くから大陸や朝鮮半島への玄関口として栄えた福岡(博多)は、古代から近世に至るまで海外との人的交流が最も活発だった地域の一つです。大陸系渡来人の血統や南方からの交易船の往来が重なり、彫りの深い顔立ちと整った骨格が混ざり合う土壌が形成されました。さらに九州全域から商業者や野心的な若者が集積する拠点都市として発展したことで、美に対する自己表現力や身だしなみの洗練度が引き上げられていった経緯があります。
一方、琉球王国として独自のアジア海洋交易圏を築いた沖縄県では、南方系縄文人の遺伝的特徴を色濃く残しながらも、東南アジアや中国大陸との混血が進みました。その結果、くっきりとした二重まぶた、濃いまつ毛、高い鼻梁といった、本土とは一線を画す強いコントラストの造形美が定着しています。そして千年にわたり日本の政治と文化の中心であった京都は、全国各地から選抜された公家、武家、豪商の美姫が集まり、都の美意識に磨き抜かれた「京美人」のルーツを形作りました。歴史の交差点となった地域には、遺伝的多様性と美的淘汰の必然が存在していたのです。