全国のラーメン地図において、「京都ラーメン=濃厚こってり」という定説を決定づけた揺籃の地が、まさに左京区北白川です。その原点は1948年(昭和23年)に創業した京都北白川ラーメンますたにに遡ります。屋台からスタートした同店が考案した「鶏ガラ醤油スープに細かく砕いた豚の背脂をびっしりと浮かべ、底に一味唐辛子を忍ばせる」という手法こそが、現代に続く京都背脂醤油ラーメンの原点となりました。
では、なぜこの北白川という土地で濃厚な背脂醤油が誕生し、定着したのでしょうか。京都北白川ラーメン発祥の理由を探ると、昭和の左京区が抱えていた独特の都市社会構造が浮かび上がります。当時、北白川周辺は京都大学をはじめとする学術機関の学生や研究者、さらには近隣の町工場で働く職人、そして映画のロケーション撮影に携わる裏方スタッフが密集するエリアでした。彼らが求めたのは、単に空腹を満たすだけでなく、知力と体力を酷使した身体に素早くエネルギーを補給できる塩分と動物性油脂の力強い旨味でした。
食文化研究の視点から見ても、ますたにが開発した「三層構造のスープ」は極めて合理的かつ前衛的です。上層にはまろやかなコクと保温効果をもたらす良質な豚背脂、中層には鶏ガラのクリアな出汁と深みのある熟成醤油、そして下層には後味を引き締めるピリッとした一味唐辛子。この北白川ラーメン老舗の味は、一口ごとに異なるグラデーションを舌に与え、「こってりしているのに、驚くほどスッと飲める」という背脂醤油特有の快楽性を生み出しました。この完成された基本設計が評判を呼び、弟子筋や追随する職人たちが白川通一帯に集う契機となったのです。