『紅の豚』を語る上で避けて通れないのが、主人公ポルコ・ロッソ(本名マルコ・パゴット)がホテル・アドリアーノのオーナーであるマダム・ジーナに向けて言い放つ「飛ばねぇ豚はただの豚だ」というセリフです。日本アニメ史に残るこのフレーズは、多くのパロディやオマージュを生んできましたが、劇中の文脈を精緻に読み解くと、単なるハードボイルドなしびれる啖呵とは全く異なる悲痛なニュアンスが浮き彫りになります。
このセリフの直前、ジーナは電話越しにポルコへこう懇願しています。「マルコ、今に本当に豚になっちゃうから。あたし嫌よ、そんなお葬式」。これまでに3人の飛行艇乗りの夫を戦争や事故で亡くしてきたジーナにとって、ポルコは唯一生き残っているかけがえのない幼馴染であり、愛する男でした。彼女の言葉は「これ以上、空で命を危険に晒さないでほしい」という命がけの制止だったのです。
それに対するポルコの返しが「飛ばねぇ豚はただの豚だ」でした。ここで彼が告げているのは、「空を飛ぶこと(誇りと過去への義理)を失った自分には、生きている価値など一片もない」という実存的な宣告です。飛ぶことをやめれば、ただの無力な家畜として死んでいくに等しい。自分を心配するジーナの愛を受け止めつつも、決して地上に安住できない自らの宿命を突き放すように告げる――そこには、深い自嘲と痛切な哀哀が宿っています。
では、そもそもポルコはなぜ豚の姿になってしまったのでしょうか。劇中や公式設定資料集、当時の宮崎駿監督のインタビューにおいて、その真相は「自らにかけた呪い」として説明されています。
第一次世界大戦の空中戦において、マルコ大尉は率いていた部隊の仲間を全員撃墜され、親友ベルリーニをはじめとする戦友たちが雲の平原(飛行機の墓場)へと昇っていくのをただ一人、生き残りとして見送る経験をしました。この激しいサバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)に加え、戦後にイタリアで急速に台頭したムッソリーニ率いるファシズム体制への嫌悪が、彼を人間社会から決定的に孤絶させます。
「ファシストになるより豚の方がマシさ」という有名なセリフが示す通り、戦争賛美に傾倒する愚かな人間社会に同調することを激しく拒絶した結果、彼は人間であることを自ら放棄し、豚の顔という仮面を被ることで精神の純潔を保とうとしたのです。