山口智子が世に出る最初の契機となったのは、青山学院女子短期大学在学中のスカウトでした。1986年、彼女は水着キャンペーンガールの登竜門として知られる「東レ水着キャンペーンガール」に選出されます。当時の水着モデル界は、単なるスリムさだけでなく、引き締まった筋肉とヘルシーな躍動感が求められる変革期にありました。その中で、公称身長170cm・股下約84cmという日本人離れした8頭身のプロポーションと、太陽のように屈託のない笑顔を持つ彼女の登場は、業界関係者に強い衝撃を与えました。
キャンペーンガール就任後は、女性ファッション誌『non-no(ノンノ)』のレギュラーモデルとしても活躍。当時の誌面を振り返ると、同世代の女性読者が憧れる「自立した都会的な女性像」を見事に体現しています。さらに、アサヒビールなどの大手企業CMにも相次いで起用され、デビュー当時からカメラの前で圧倒的な存在感を放っていました。当時撮影を担当したスタッフの回想録によれば、「彼女がスタジオに入ると空気が一変するほどの華やかさと、飾らない実直な性格が現場を魅了していた」と記録されています。
現在、SNSやアーカイブ特集でモデル時代の画像や若い頃の写真が紹介されるたびに、「昭和末期とは思えないモダンな等身バランス」「媚びない美しさが完成されている」と驚きの声が上がるのは、彼女が当時から時代を先取りする身体性と精神性を兼ね備えていた証左です。