物語の中盤、ハクを致命的な瀕死状態へと追い込んだのが、湯婆婆の双子の姉・銭婆から盗み出した「魔女の契約印(魔女の印鑑)」でした。ハクは全身を紙の人形(式神)に切り刻まれ、口から大量の血を吐きながら油屋へと逃げ帰ります。なぜ彼は、これほど危険な任務に手を染めなければならなかったのでしょうか。
その背景には、油屋という空間が徹底的な「契約社会」であった事実が存在します。湯婆婆は他者の名前を奪い、労働契約を結ばせることで支配下に置きます。ハクは魔法使いとしての力を渇望するあまり、湯婆婆の弟子になる契約を交わしてしまい、彼女の汚い裏仕事――泥棒や他者の排斥――を代行させられていたのです。銭婆の印鑑には「盗んだ者を内側から食い破り命を奪う」という強力な死の呪いがかけられており、湯婆婆は使い捨ての駒としてハクを利用していました。
千尋が川の神からもらった「ニガ団子」をハクに食べさせ、彼が吐き出した黒い虫(湯婆婆が腹に忍ばせていた操り虫)を踏み潰すシークエンスは、他者による精神支配と労働搾取からの脱却を描いています。単なるファンタジーの呪いにとどまらず、資本主義社会における過酷な労働環境や、自分自身を見失い組織の傀儡となってしまう人間の脆さを浮き彫りにした、宮崎駿ならではの極めて辛辣なリアリズムがここに宿っています。