佐々木家の家族構成は、両親と男3人兄弟の計5人家族です。次男である蔵之介氏が俳優へ転身した際、酒造の現場には大きな激震が走りました。
実は長男はすでに建築の道へと進んで一級建築士として独立しており、次男の蔵之介氏が継ぐことを前提として家族の計画が進んでいました。その次男までもが家業を離れた結果、跡を継ぐ白羽の矢が立ったのが、当時まったく別の進路を歩んでいた三男の佐々木晃(ささき あきら)氏でした。
晃氏は大学で経済・文学系を専攻し、中国日新酒類などで修行を積んだ後、突如として蔵元を継承することになりました。佐々木酒造の公式ホームページに掲載された晃氏のプロフィールには、今や伝説となったユーモアあふれる名文が刻まれています。
「長男は建築家になり、二男は俳優になって家を出て行ってしまったため、残された文系の私が酒蔵を継ぐことになりました」
自虐を交えたこの名コピーはSNSで爆発的な反響を呼び、佐々木酒造の知名度を全国区へと押し上げる契機となりました。兄弟間の確執が噂された時期もありましたが、実際には深い信頼関係で結ばれており、蔵之介氏が出演する舞台の祝宴に佐々木酒造の樽酒が贈られたり、晃氏がメディアで兄の活躍を応援するコメントを出したりと、互いの職能を尊重し合う良好な関係が続いています。
厳格な父親が抱いていた葛藤と、晩年に見せた「本音のエピソード」
家業を放棄して芸能界へ飛び込んだ蔵之介氏に対し、先代社長である父・佐々木勝彦氏は当初、激しい怒りと落胆を露わにしました。「勘当同然」の状態で京都を離れた蔵之介氏でしたが、父親の頑なな態度の裏には、息子の将来を案じる深い親心がありました。
勝彦氏は周囲には「あいつの芝居など見ない」と言いながらも、上京後の舞台公演には密かに足を運び、一番後ろの席で息子の演技を見守っていたというエピソードが関係者の証言で明らかになっています。蔵之介氏がNHK連続テレビ小説『オードリー』(2000年)で脚光を浴びた際、実家の酒造には注文や問い合わせが殺到しましたが、勝彦氏は「息子の人気に便乗して酒を売るな」と厳しく戒め、酒の品質で勝負する職人の矜持を崩しませんでした。
2016年10月に勝彦氏が83歳で逝去した際、蔵之介氏は公の場で父親への深い感謝と、家業を継がなかったことに対する生涯の敬意を静かに語っています。