スポーツメディアの世界でいま起きている最大の地殻変動、それは観客の「視線」の獲得合戦だ。かつてHBOがボクシングやモータースポーツの裏側を描き出し、スポーツドキュメンタリーの基盤を築いたように、現代の配信巨頭もまたトラック競技の過酷なドラマに着目した。Netflixが世界に送り出したドキュメンタリーシリーズ『SPRINT: 最高の男たちは最速を競う』は、その決定打となったといえる。
カメラはゴール直後の歓喜だけでなく、ロッカールームで膝を折る姿や、家族との葛藤、極限状態での暴言や告白までも容容赦なく捉える。アスリートを「完璧な超人」としてではなく「葛藤する一人の人間」として描くアプローチが、これまで陸上になじみのなかった層を一気に惹きつけた。メディアが競技の魅力を掘り起こし、観客が感情移入した状態で生中継へと流れ込む循環が、今まさに完成しつつある。